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【ぼやき】

「耳をかたむける」は難しい

今日は朝から食材の買い物に出かけておりました。旦那さんは出張に出かけているため、明日まで帰ってきません。

筆者は義母と義父のために夕食を作ろうと、メニューを考えておりました。そのことを義母に伝えたのにもかかわらず、帰ってきた頃には主食が完成しており愕然。あれ?話を聞いていらっしゃらなかったのかしら。

筆者は車を持っていないため、移動手段は常に徒歩です。夕食の時間に間にあうよう、重い買い物袋を抱えてゼイゼイ言いながら、やっとの思いで帰ってきたのに……。そう思うと、義母への怒りがふつふつと沸き起こってきました。

挙げ句の果てには「ほかにもおかずはいっぱいあるから!(筆者がわざわざ作らなくてもいいと言わんばかり)」と言われ、料理をする気はゼロに。しかし料理せずに引き下がるのは癪だったため、牡蠣とほうれん草のバター醤油炒めを作りました。無心でフライパンをゆする筆者と、その横でしれっとしている義母。

つくづく思うのです。大半の人間は自分の話をするのは好きだけれど、相手の話に耳を傾けるのは苦手だよな……と。筆者もそのひとりで、相手が自分にとって興味のない話をしていると、木で鼻をくくったような返事をしてしまう時があります。これはよくないことです。

相手の言いたいことと、自分の言いたいことがお互いに伝わってこそ、上手なコミュニケーションだと思います。相手に自分の意見をぶつけているのみで、相手の話を聞かないようでは、聞く耳をもってもらうことは難しいかもしれません。

今回の件は正直腑に落ちないのですが、この事件(?)が起こったことで、あらためて誰かと話すときの自分を客観視することができました。

多くの人が、相手の話を素直に聞けない理由はなんなのだろう。単純に自分のことを話したくて仕方がない人もいますが、そうではない場合、心に空き容量がないのだと思います。

心のキャパシティーが海のように広い人もいれば、計量スプーン1杯ぶん程度しかない人もいる。前者はどっしり構えて、困っている人の話をふんふんと聞けるのかもしれません。しかし後者はちょっと行動したり、誰かから何かを言われたりするだけで、心に余裕がなくなってしまいます。

筆者の場合、毎日ニコニコと家族や友人の話に耳をかたむけるのは難しいです。もともと深く物事を考えすぎな性格のため、心の空き容量は少ないのかも。

しかし、相手が真剣になにかを訴えかけてくるときくらいは、こちらも真剣に話を聞こうと思います。常に思いやりをもって行動している人は「なにを当たり前のことを」と思うかもしれません。あえて言わせてください。そう思えるあなたは素晴らしい。

相手の話を真剣に聞くことが当たり前と思えるのは、その人の心が優しい証拠です。ひとつひとつの言葉を受けとめて、一緒になって考える……簡単なようで、むずかしいことだと思います。

行き場のない苛立ちとかなしみを、文章にして昇華させることができ、スッキリしました。ここまでお読み頂き、ありがとうございます。また明日!

作成者: 神埼 寧

愛知県生まれ、神奈川県在住。高校を卒業後、観光バスガイドとして5年間勤務する。その後退職し長年の夢だった"書く仕事"をするため、フリーライターの道を選ぶ。そんな神埼寧の自由ことば帳(ブログ)です。主に趣味のウォーキングや食べ歩き、旅行について書きます。

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